令和5年10月1日に実施されるインボイス制度について、インボイス登録の取下げ運動が一部でおこなわれているようです。インボイス登録を取下げについては、ケース別で検討する必要があります。なお、このブログでは、個人事業者及び法人事業者を含めて、自らの事業を「自社」と表示します。
自社が課税事業者の場合
売上先に対して
インボイス登録を取り下げることにより、売上先が課税仕入れが全額適用できなくなるケースがあるため(8割特例はあり)、売上先にその分負担をかけてしまいます。
そのため、インボイス登録の取下げは、売上先に対して迷惑をかける結果となってしまいます。
自社にとって
自社は元々課税事業者のため、インボイス登録をしても、取り下げをしても、自社の消費税の納税額には直接影響はありません。
しかしながら、売上先に対して迷惑をかける結果となるため、間接的には影響が出てしまうことがありえます。したがって、インボイス登録の取下げのメリットはありません。
自社が免税事業者の場合
売上先に対して
売上先が、一般消費者、免税事業者、簡易課税制度適用されている課税事業者の場合のみの場合には、インボイス登録を取り下げることのデメリットはありません。
そのため、その場合には、売上先に対してインボイス登録の取り下げをしても問題はありません。
自社にとって
インボイス登録した結果、免税事業者が課税事業者になるため、通常消費税の負担が増えます。インボイス登録を取り消すことにより、消費税の負担を増やすことがなくなり、メリットがあります。
特に、免税事業者で売上先からの下請け等を行っている場合には、ぎりぎりの単価で請け負っていることも少なくなく、消費税の負担増を無くすことは死活問題です。
そこで、インボイス登録の取下げを検討している方が増えている状況です。
ただ、安易にインボイス登録の取下げをしてしまうと、自社の取引の継続・拡大等に影響を及ぼすことが少なくない可能性があります。次の検討すべき事項を事前に検討していただき、慎重な判断をお勧めします。
検討すべき事項ベスト3
売上先が条件を継続して満たしていけるか?
売上先が、先程の条件(一般消費者、免税事業者、簡易課税制度適用されている課税事業者の場合のみの場合)を継続していれば、何の問題もありません。
ただ、以下の場合もありえますので、注意が必要です。
- 一般消費者以外に本則課税制度適用事業者が含まれている場合
- 免税事業者であった事業者が課税事業者になった場合(インボイス登録した場合を含む)
- 簡易課税制度適用事業者で基準期間の課税売上高が5,000万円を超えると簡易課税制度が適用できなくなり、本則課税制度適用事業者になります。
- 今までの取引先以外の新規取引先を獲得する場合
いずれの場合も、予測困難であったり、個人情報等の観点から売上先が情報を開示してくれるかわからなかったりする可能性が高いです。
独占禁止法・下請法・建設業法等の保護の対象かいなか?
公正取引委員会が、「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」を公表しており、下請け等のフォローはある程度配慮されています。ただ、よく読むと全てに適用されるわけではないことが読み取れます。法律上全てを網羅することが困難であると思います。
明示的な不利益な取り扱いをした場合には、保護の対象となるようです。ただ、下請け不足の状況下では影響がない場合もありまが、下請けが過剰になった場合には、選別の判断要因になることが考えられます。その場合には、明示的な不利益な取り扱いがないため、保護の対象とならない可能性があります。
仮に多くの問題が発生した場合、公取委等が対応できるかという問題もあります。
さらに、相見積もりの場合にインボイス登録の有無を確認されたりして、選別の判断要因になることが考えられます。
また、一度取引をして、適格請求書が発行されなかった仕入先は、その後取引を回避することも考えられます。
これらも、明示的な不利益な取り扱いの対象にならない可能性があり、保護の対象とならない可能性があります。
経過措置中及び経過措置後の対応をどうするか?
経過措置中の対応
2026年9月まで「8割控除」の経過措置があり、先程の独占禁止法等の保護もあり、売上先は「8割控除」で対応してくれる可能性はあります。ただ、それでも、売上先は「2割」(実質1.8%)は負担する必要があり、「8割控除」の経過措置を受けない場合も考えられます。
いずれの場合も、売上先としっかり話をしておく必要があります。
また、売上先が「8割控除」の経過措置を適用していても、の状況が変化すれば対応してくれなくなる可能性もあります。
経過措置後の対応
2026年9月後は「8割控除」の経過措置(現時点で延長の予定は明示されていませんが、状況によっては変わる可能性はあります)がなくった後は、売上先の負担は「10割」になってしまうため、インボイス登録をするように求められる可能性があります。
独占禁止法等の保護が全てのケースに対応できないため、事前の対応が必要となります。
まとめ
個々の事業の業種・業態により、インボイス登録の取下げの影響は大きく変わります。
いずれにしても、売上先とのより良い信頼関係を築くためにも、インボイス制度への対応方針と自社の対応方針のすり合わせはしておいた方が良いと思われます。
なお、同業他社との足並みを揃えていたとしてもいつ崩れるかわかりません。そのことも頭の片隅においておいてください。
安易にインボイス登録の取下げをして、仕事に影響しないよう、先程記載した「検討すべき事項ベスト3」を事前に検討していただくことをお勧めいたします。
消費税のインボイス制度は、免税事業者だけでなく、課税事業者の税金面の負担増だけでなく、手間や経費の負担増も予想されます。さらに、税理士や国税職員の負担も増えると予想される制度です。軽減税率や益税対策※等のためだけに、これほどの影響を受けるインボイス制度を行う必要があったのか、そこまで考えて制度設計されたのか、投稿者は国税OBだからこそ疑問を持っております。決して、インボイス制度を推奨する立場ではありません。
※最近国会答弁で消費税は「預り金的性格で預り金ではない」との回答があるため、益税対策というのは違うかもしれませんが、多くの方の認識は益税対策だと考えられているため、そのように記載しています。
そうとはいえ、ネット情報等の流れるインボイス登録の取消しの安易な行動が、免税事業者の事業をさらに困難にしかねない可能性を見過ごしにはできませんでした。そのため、このブログを投稿することにしました。消費税の税金及び手間の負担増と取引の継続・拡大等を自社の業種・業態により天秤にかけて検討されることをお勧めします。
このブログを読んでいただいた方が、ネット情報等に惑わされることなく、慎重に検討され、後に読んでいてよかったと思える日がくれば、幸いです。
なお、この投稿は、投稿日現在の情報です。投稿者の私見が含まれており、情報の誤りがある可能性もあります。また、個々の状況により、適切妥当な判断が異なる場合もあります。したがって、本投稿に基づき、発生した損害等は一切応じられません。顧問税理士がおられる場合には、相談していただくことをお勧めいたします。
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